能町みね子連載「かわりばえのする私」vol.8を誌面と同時公開!

かわりばえのする私 vol.8

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 高校の時、我が街にライトオンができた。
 ついに、若者が行っていい、服を売る店ができた。私にとって超センセーショナルなニュース。
 しかし、もちろん私は行けないのである。駅直結のスーパーの服売り場でさえ二の足を踏むんだから。
 だって、スーパーの服売り場だったら、スーパーに食べ物や本を買いに来たついでにうっかり服売り場に入る可能性もあるけど、ライトオンだとそうはいかない。ライトオンに来た人は、絶対に服を買いに来た人だもん。
 しかも私は、風の噂で、中学の時の同級生の小宮山くん(仮名)がライトオンでバイトをしていると聞いてしまいました。私は感心し、尊敬し、へこみました。確かに中学のときから小宮山くんはバスケ部で背が高くて顔も濃いめでかっこよかった。学校で見かける時は制服かジャージだから分からなかったけど、そりゃ私服はオシャレだろうなあ、彼ならライトオンでバイトする権利はあるよ。私は無理だよ、踏み入れるのも無理だよ……。勇気を出して踏み入れたところで、レジに小宮山くんがいたらどうしてくれよう。別に親しくもないしほとんど話したこともないけれど、同じクラスだったからきっとさすがに向こうも顔は知っているはず。うわ〜こんな服買いに来たんだ、と思われる。あの、ダサそうだった能町が。この店に。街いちばんのオシャレな店に来やがった、と。
 いや、思われないけど、たぶん。分かってるんだけど。
 ライトオンの隣にはこの街でいちばん頼りになる本屋兼レンタルCD屋があったので、私はそっちにはよく足を運んでいました。ある日、CDを借りに行ったついでに、ちょっと外からライトオンをのぞいてみました。
 入り口のガラス戸を斜めから見てみても、この角度ではレジに誰がいるかは見えない。もう少し近寄ろうか……と中途半端な動きをしていると、自動ドアが開いてしまった。マズい。私はレジのほうを見ずにそのまま突進した。たぶん「いらっしゃいませ〜」と言われていたけど、その声も耳に入らない状態でとにかく直進してレジから見えない死角に進入。突き当たりの場所には、デニムがいやジーンズがいやジーパンがたくさん吊り下がって並んでいる。
 ジーパンって……いや、せめてジーンズと言うべきかな、ジーンズって、あまり違わないようで、こんなふうに色とか形とかずいぶんいろいろあるもんなんだな……と横目で見つつも、うっかり少し手にして、迂闊にも小宮山くんや、小宮山くんよりもカッコよくて冷たい目をした店員に「何かお探しですか」なんて聞かれた日にはそれはもうDEATH。精神的なDEATH。私は誰の目にも見過ごされるように流れるように歩き、ジーンズのすだれの中をスススーンと立ち止まらずに、てきとーに一周してそのまま速やかに店外へ出ました。は〜。空が青いわー。
 な!ん!で!そんなにも人目を気にするんだ!!!
 あ、今のは、数十年後の今の私から当時の私への叱責です。
 当時の私だって気づいていたのさ。自分は人目を気にしすぎだということを。
 もはや問題は、自分のセンスとか見た目とかではないんです。「この街とこの家にいる限り、ファッションについて、人目を気にすることから逃れられない」ということがいちばん難しい問題なんです。十年あまりという月日をこの環境で育ってきて、自分の立ち位置的な物が自分の中でコリコリに固まってしまってて、抜けるに抜けられなくなっているのです。
 だから私は、高校を出た次の選択では、どこに進学するかということ以上に、「絶対に一人暮らしをする」という条件がなんとしても譲れなかったのです。
 私みたいな「気にしい」がファッションを楽しむ第一歩は、気になる人目から逃げること。これは実はファッションに限らないことなのかもしれない。
 極度の人見知りで自己評価が低い私の知人は、あるとき、いきなりアメリカに飛んだ。その子にとってはコリコリに固まった自分の立ち位置が、壮大な「日本における自分」という範囲にまで広がってしまってて、「日本の人目」から逃れない限りもうダメだ、という思いにまで追い詰められたらしい。私から見てもそうとうな人見知りで、英語だって流暢にしゃべれるわけでもなく(向こうで語学学校に行くと言っていた)、アメリカみたいな社交性のかたまりみたいな国じゃますます肩身が狭いんじゃないかと思ったけれど、行ってからの知らせを聞く限り、確実に日本よりも生きやすそうでした。さすがに性格が大転換とはいかないまでも、友人も多少できて楽しそう。
 ということで、自意識を改革するために、まず場所を大幅に変えるというのは大事なことなんだな。
 高校生でライトオン程度にビビっていた(ライトオンの人ごめん)私は、まずは家から出なければならない、と思ったのである。都会に出たい、上京して一旗揚げたい、みたいな思いはほとんどなかったのに、結果として高校を出てすぐに東京に住むことになったのは、いま思えばほとんどファッションのためと言ってもいいのでした。

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Illustrator/Takayuki kudo


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