能町みね子さん連載「かわりばえのする私」vol.4をla farfa11月号の発売に合わせて公開スタート!!

Illustrator / Takayuki kudo

かわりばえのする私 vol.4

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 私は、散歩自体はずっと好きでした。でもそれは、運動としての散歩ではありません。ちょっと子供っぽくて恥ずかしいけど「冒険」みたいな感じ。知らないところに行く、あるいは知っている近所のなかに知らないものを発見する、そういう楽しみです。
 一方で、ごく一時期、走っている時期もありました。走るのなんて、三度の……えー、「三度の飯より好き」みたいな「嫌い」の表現がないな。走るのなんて三度のランニングより嫌いでしたが(やけくそ)、むにむにと太り出して運動もしていない時期だったもんで、思い切って大っ嫌いなランニングに挑戦してみるのはどうか?と考えたのでした。走る行為の何が大嫌いなのか考えたら、「苦しい」ってのがいちばん嫌なので、私の最低レベルの心肺機能に合わせて、歩くよりも遅いくらいのペースで走ればいいのでは?と。で、シューズとかひととおり買って自分を追い込み、めちゃくちゃ遅いペースで夜中に走っていました。30分で2.5kmくらい。あ、苦しい……と思ったらすぐにペースをゆるめる。走ってるのに、早歩きで帰ってるサラリーマンに抜かれたりしてました。
 これは意外と続いた。達成感もあって、悪くないじゃん、と思えました。しかし、引っ越しによって夜中に走りづらい地域に住むことになり、やめてしまいました。
 しかし、コロナの時代になって、かねてから好んでいた散歩と、大人になってからの習慣であるランニングが組み合わさったのです。
 コロナの自粛がいちばんキツい5月頃。ちょっと体調の悪い時期が続き、万が一コロナだとしたら……と思って、1週間家から出ないことがありました。
 体調が戻ってくると同時に、もう我慢ならん、外に出たくてたまらない。
 じゃあ、とりあえず散歩をしよう、と。天気のいい日の夕方、特にどこに行くかも決めずに家を出ました。なんとなく長めに歩こうと思って、ランニングシューズを履いて。
 ふだん私の散歩と言えば、かわいい建物の写真を撮ったり、のら猫と見つめ合ったり、疲れてすぐ喫茶店で一休みしたりを繰り返しながらだらだら歩くものなのだけど、なにせこの頃はまだまだ強力自粛モードで、極力人と会うな、店にも行くな、電車に乗るな、って雰囲気の時期。ストイックにどこにも寄り道せずにさくさく歩こう、って気持ちにもなりますよね。だから住宅街をシャキシャキ歩いていたんですが、なぜか妙にテンションが上がってきました。周りの家々や店などにはほぼ気を払わず、写真など撮らず、とにかく歩く。となると、特にペースを気にするわけではないはずなのに、自然と早足になってきました。表情も鬼の形相になってきました。
 歩きを極めた達人による、歩きの境地。純粋無垢な100%の「歩き」、夾雑物の一切ない「散歩」。これは散歩の鬼だ。「鬼散歩」だ!
 その日は、降りたことのない二つ先の駅くらいまでは行こうかな、と思っていたのが、気持ちが乗ってもっと、もっととなって、三つ目の駅を越え、スマホの電池が15%くらいになって地図をいちいち確認するのが怖くなり、日が暮れる頃によく知らないバス停にたどりついて、いやーさすがにここで終わりにしよう、とヘトヘトでバスに乗って帰り、家で地図を見て測ったら8キロほど歩いていました。8キロ!8キロ歩いちゃったよ!
 それから2~3日に1回、1日8キロ以上歩いて、ヘトヘトになりながら異様な充実感で家に帰り着く日々が続きました。全く走らず、あくまでも鬼散歩です。
 ある日には、ロイヤルホストの新作パフェが食べたいなと思い、近くのロイホを調べたら約5キロ先にある埼玉の西川口の店舗がいちばん近いようなので、よっしゃ歩こうという気持ちになって(この時点で異常)、東京から川を越えてぐんぐん歩いてパフェにたどりついたものの、自分の中の散歩鬼は暴れやまず、ロイホを出てからさらに、日が暮れるなか知らない川を何本も越え、田舎道と言っていいような場所を前傾姿勢でズンズン進み、ぜえぜえ言いながら鳩ヶ谷駅というところまで、11キロくらい歩いてしまいました。
 と、こうなれば、私はコロナのご時世に鬼散歩によって健康増進していておかしくないはずだけど……だって、夏は暑いから……あと、あの強レベルの自粛モードもなし崩し的に解除になって仕事もありがたいことに増えてきたし……、鬼散歩する時間は、なくなってしまったのです。もうすっかり強眠気と弱頭痛に悩まされる通常生活に戻ってしまいました。あの鬼なら私の脳内で寝てるよ。
 しかしこの「ストイックな気持ちで、異様な気合で長距離歩く」という、鬼散歩なる定義が生まれたのは喜ばしいことです。私はこれから、街角で厳しい顔でズンズン歩いてる人を見かけたら「鬼が暴れているのだな……がんばれ」と心の中で応援するからね。

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