能町みね子連載「かわりばえのする私」vol.17をweb先行公開!!

かわりばえのする私 vol.17

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 前回のあらすじ。
 いまだに東京の服屋に入ることすらできない、オシャレじゃなさすぎるのでまずは服屋に行くために服を買わないといけない、初めから詰んでいる……などと、オシャレ全般に対して大きくコンプレックスを抱いていた19歳大学生(美容系でも何でもない学科)の私は、すさまじい勢いで美容室でのバイトを直訴してしまいました。そして、店長にとても優しく説得されて断られました。そりゃそうだ。冷静に考えると採用してくれるわけがない。きつい! 私は何をやってるんだ?
 その日は後悔しまくり、青ざめたり顔を真っ赤にしたりして私は畑ん中のアパートに戻った。そしてじゅうたんにうつぶせになって棒のように寝そべり、海より深く沈み込んだ。恥ずかしい恥ずかしい。ちょっとでもそんなことできると思ってホクホクしながら切り出した自分を取り消したい。
 そうして、自分から一切の潤い成分が抜けてカッスカスになるほど恥ずかしさと向き合ったあと……、もう金輪際、オシャレ的な分野に足を踏み入れたりしないわ、美容室で働くことなんか考えちゃダメ、所詮私の手の届く話じゃなかったのよ、……と思ったわけではなかった。
 たしかに、何の技術もセンスも持っていないただの客がバイトできるものではないと思う、美容師って。それは私が完全に間違っていました。丁寧に断ってもらえてよかった。
 じゃあ、王道で行けばいいのでは?
 つまり、美容師というのはふつう美容学校に行ってからなるものでしょ? 行けばいいじゃん。
 大学に行きながらでも通える、たとえば夜間部があるような美容学校ってないのかなあ。パンフレット取り寄せてみようかな。
 専門学校のパンフレットを取り寄せる作業は、テンションが上がる。今はもちろん各学校に詳細なサイトがあるからそれで間に合うでしょうが、それらをしっかりブックマークしてキープし、整列する作業はあまり私にとって快楽ではない。やっぱり冊子として手元にあり、並べてみたりペンを引いたりする作業が私は好きなのだ。毎日スマホばっかり見てるけど、根本はアナログ人間なんでしょう。私はカタログのたぐいが好きなんだ。カタログを眺めるという行為は、人を明るく、過剰にポジティブにします。自分の未来にはこんなにも選択肢がある! なんて考えはじめちゃう。今でも、服でも電化製品でも、とりあえずカタログ眺めちゃうもんね。
 そんなわけで、我が家には数日で、美容学校のパンフレットが大量に郵送で届いた。私は一つ一つを丁寧に見比べながら、ニヤニヤしつつ考えがふくらんでいった。
 ていうかさ、別にこうなったら大学に行っておく必要もないのでは? ふつうに来年から美容学校に入り直したらいいじゃん。幼い頃はともかく、私は中学・高校になってからは将来の夢なんか特になかったし、とりあえず大学には入ってみたものの、この先どうしようかなんてことは何も決めていなかった、でも、ここ数日で急に芽生えた「美容師になる」という思いつきはもしかして私の初めてのリアルな「やりたい仕事」じゃないかしら、これはすばらしいことじゃないのかな? 夢を追いかける、やりたいことを追い求めるなんてことは私の人生には縁のないことかと思っていたけど、ねえ、これは大きく羽ばたくチャンスなんじゃないの? ねえ!
 畑ん中のアパートで一人このように思いを巡らせ、私は静かにテンションがブチ上がり、うわー! やばい! これ、「夢」じゃない!? 「夢」ができたよ!! って内心爆発的に喜んで、じゅうたんの上をゴロゴロした。
 そして、すごい勢いで親に「大学を辞めて美容学校に行こうか考えてる」と言った。
 怒られるというよりは呆れられ、説得された。親にそんなにこんこんと言われたら、簡単にへこんだ。感情の上下が早すぎる。
 そしてその頃、ちょうどカリスマ美容師ブームが来たのだ。
 自分の若き日の話をすると自動的に歴史的な話になってしまうのがやるせない。とにかくその頃、「シザーズリーグ」なる深夜番組が始まり、人気美容師が対決するショーがけっこうな人気を博して、「カリスマ美容師」という言葉が流行ったのです。変な時代です。「茶髪」という言葉が生まれたのはそれよりさらに数年前になるけど、ブリーチして金髪にするような子が現れたのはカリスマ美容師ブームの頃だと思われる。それまでふつうの大学生でハイブリーチする子なんて、皆無に近いくらい珍しかったんだから。
 ……で、私は冷めてしまった。流行りに乗ってるような感じになるのは嫌だしな……、と急速に意欲がしぼんでしまった。パンフレット集めまくったときのテンションは何だったのか。
 そして、勢いでバイトを志願したお店Bも、楽しく話せる野口さんが辞めてしまって、そうなると足が遠のき、私の早すぎた美容師ブームは終わる。もう髪のことはいいから、そのスーパーで買ってるような服をどうにかしろと今の私は思う。 

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Illustrator/Takayuki kudo


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