能町みね子 連載「かわりばえのする私」vol.16を公開!

Illustrator/Takayuki kudo

かわりばえのする私 vol.16

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 「実家が太い」とはとても言えない私ですが、なんせビビりだったもので、パーッと遊ぶことなんか全くなく、何らかの高いものを買うこともなく、大学一、二年のときは仕送りだけでそこそこ生活できていて、アルバイトする必要がありませんでした。
 これは本当にありがたいことです。当時は若造だから分かってなかったよね。お父さんお母さんありがとうとしか言いようがない。
 しかし、私は「バイトくらいしたほうがいいのでは、今後のために」と思いました。周りのみんなは何かしらやってたし。
 特にやりたいバイトがあるわけでもないので、バイトと言えばコンビニ? と思って、不便な立地のアパートからさらに不便な方向に自転車を数分飛ばして、畑の中にあるローソンに突入しました。ローソンの窓には、色あせた「アルバイト募集中!」の貼り紙があったのだ。
 履歴書を持って面接。ま、コンビニですから「御社に興味がありまして!」って前のめりになるのもおかしいし、条件やらなんやらいろいろ聞かれて、たぶん淡々とふつうに答えました。
 で、いつまでたっても連絡がない。
 えーまだバイト入れないの? と思って電話してみたら、「不採用の場合は連絡しないって言いましたよね?」と軽くキレ気味に言われました。
 なんと私は人生で最初のバイト面接で、ローソンに落ちた。
 まさかコンビニに落ちるとは……と、そりゃ正直思ったわ。こういうナメた態度を見透かされてしまったんでしょうか。いや、でも、面接でひどい態度取ったわけでもないし、条件でとんでもないわがままを言ったわけでもないし、ごくごくふつうにやりとりしたはずなんですけど! キレたいのはこっちなんですけど!
 そして、ローソンに落ちて軽くショックを受けた私は思った。だったらもう少し、やってみたいと思えるような珍しいバイトでも探そうかな、と。
 アパートから駅まで行く途中に動物病院があって、そこにも「アルバイト募集」の貼り紙がありました。事務ではなくて、少しは動物とふれあうような種類のものだったと思う。私は実家では犬も猫も飼ってなかったし、個人的に飼う気もなかったくせに、動物は嫌いではないしなんかおもしろそうだな、という程度の動機で応募してしまった。当時の私のこういうわけのわからない行動力は今あまりないもので、ちょっとうらやましい。けっこうな人見知りだったはずなのになんでこういう所には急に飛び込めてしまうのか。どこかのスイッチがバカになっている。
 面接をしてくれた先生は40歳くらいの、くだけた感じの女の先生で、まったく動物を飼ったことがないという私にたぶん内心あきれつつも、変な子だと思って興味を持ってくれたみたい。採用はしなそうな雰囲気を出しつつも、ざっくばらんにいろいろなことを聞かれました。ほかに何か向いているアルバイトがあるんじゃない? という話から、将来何がしたいのか、何に興味があるのか、みたいなことを雑談で聞かれました。
 うーん? 何がしたいとか、あんまりないな……。あ、でも、通ってる美容室Bは本当に楽しそうだし、ああいう仕事いいなあって最近思いはじめたんだった。手に職をつけて美容師になれたらいいな、ファッションも自由そうだし。こんなことを、私はバカ正直に話した。なんて素直な若者なんだ。
 すると先生は、だったらそういうところに飛びこんでみたらいいんじゃない? アシスタントとか助手とかね、と言う。
ーーいや、でも、アルバイト募集ってお店に書いてないので。
ーーそんなの関係ないのよ、とりあえず行ってみたらもしかしたら何かやらせてくれるかもよ。
 動物病院以上に突飛な方向に押された私は、もうこれで行ってみるしかない感じになってしまった。
 私は引っ込み思案のスイッチをすごい力でオフにして見ないふりをして、次に美容室に行ったとき、めちゃくちゃ勇気を出しました。野口さんに向かい、あのー、えっとですねあの、ちょっとお話があるんですけどー、あのー、あの、ここでバイトとかできないかなと思ってて……。
 野口さんがとまどいながら店長さんにこの話を伝えると、店長さんは、本当に優しく、一対一で話してくれて、やんわりやんわり説得されました。お気持ちはありがたいんだけど、うちは技術を一から教えることはしていないので、美容学校にも行っていなくてまったく何も習っていない人を単にアシスタントとか雑用で雇うことは、あのー、申し訳ないけど、できないんですよ。
 そりゃそうだよね。知ってたー。
 私はオフにしてた引っ込み思案のスイッチがここで思いっきりオンになった。うわ~。畑違いの一般学生である私が急に弟子入り志願みたいなこと言っちゃったよ。うわ~うわ~。血管が切れて肌からはみ出しそうなほど恥ずかしいっす。
 でも私は、これをきっかけにBに行くのをやめたりはしなかった。一時の気の迷いで変なことを言ったりもしましたが私は元気です! みたいな顔をして通いつづけた。
 しかも、美容室での仕事もまだあきらめてなかった。つづく。

 

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Illustrator/Takayuki kudo


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