能町みね子さん連載「かわりばえのする私」vol.2を@la farfaでも公開スタート!!

Illustrator / Takayuki kudo

かわりばえのする私 vol.2

 世間はともかくとして、私の人生において、ここ数年はだいぶ平和な日々なんです。ああ、おだやかな日々。
 四十歳は昔から「不惑」と呼ばれていて、つまり惑わない年齢ってことなんだけど、ほんとうに惑わなくなってしまった。昔の人の言うとおりです。大したもんだ。私は一人暮らしをやめて人と暮らすことによって、すっかり精神的な波の少ない生活を手に入れてしまったのです。
 これはたぶん良いことなんだけど、以前に比べればなんの引っかかりもなく、日々がびゅんびゅん過ぎていってしまう感じがする。
 今、なにげなく「引っかかり」なんて書いたけど、そもそも「引っかかり」って何なんでしょうか。私は「引っかかりたい」んだろうか。
 私は「引っかかり」という言葉を、あんまりいい意味で言ってませんね。
 たとえば結婚とか離婚とか、大病とか、近しい人が亡くなったとか生まれたとか、転職したとか解雇されたとか、そういう変化は「引っかかり」と呼ぶには大きすぎる。
 私の思う引っかかりはもっと小さい、ごく些細なことを指している。
 私が頻繁に陥っていた引っかかりは、ふと、自分の人生はこんなんでいいんだろうか、と考え込んで落ち込んだり、なんで自分はこんな人間なんだろうかと内省しすぎてしまったり、夜中に自分の今後について考え過ぎてループに入って抜けられなくなって寝ることもできなくなったり、そういうできごとのことです。
 それが、ほぼなくなってしまったのです。それはたぶん健康にいいことなんですが、「考える」ことがシンプルに少なくなるのはあんまり望ましくない。
 そんなことに気づいて、今年の頭から日記をつけ始めたのです。
 本当はもうちょっと言うほどでもない理由もあって、かなりお気に入りのスケジュール帳をもらってしまったのです。しかし、私はもうスケジュールはネット上で管理しちゃってるもんで、むりやりにでもこのスケジュール帳を使うために、日記帳として使えばいいやと思いついたのです。
 とにかく毎日、できごとと、ちょっとした考えを書き留めるつもりで続け、なんと三日坊主にならず今年はもう一年の折り返し点を迎えようとしています。
 当初は「あえてスケジュール帳を使おう」という目的もあったはずなのに、もともとがスケジュール帳だから一日分のスペースが小さくてもっと書きたくなることが多く、途中からは結局ネットに移行してしまい、三月頃からは鍵付きのブログで思う存分書くようになってしまいました。日記を書こうと一念発起したことはさかのぼれば高校の頃から何度もあったけど、こんなにしっかり続いたことはなかなかない。
 今年挫折しなかった理由は、たぶんコロナのせい(おかげ)もあるんでしょう。なにせ一月に始めた時点では今年こんなとんでもないことが起こるなんてもちろん知らなかったわけで、書いているうちに「これは貴重な記録かもしれない」なんて思いはじめ、やめるわけにもいかないな、ってなったのです。
 しかしこの日記は、誰にも見られません。
 三か月分くらいは手帳に書いてあるから、うっかり落としたりなくしたり、私が死んだりすれば誰かに見られるかもしれないけれど、ブログになっちゃったのでセキュリティが強すぎる。のちのち公開しようなんて全く思っていないし、ただただネットのバーチャル空間に文字がたくさん増えていってるわけです。
 これ、ほんと、私が死んだらどうなるんだろうか。もう誰にも見られない文字列。
 ブログの運営をやってる人がデータをほじくったりすれば見られるのかもしれないけれど、まあ見ないよね。ブログには私の名前すら書いていないから、私の日記の存在そのものを知りようがないし。
 ということは、そもそもこの日記、存在しないのでは?私しか存在を知らないものなんて、「ない」のと同じなのでは?
 すでにこういうものって、バーチャル空間に大量にあるはずですよね。主が死なないまでも、なんとなく飽きて放置された鍵付きブログとか、うっかりパスワードを忘れて放置されたツイッターとかミクシィとか。バーチャル宇宙に漂う断片。そんな断片をぎゅうぎゅうに固めて、星にしたい。
 何を言ってるんでしょうか。
 夏ですもん。花火だの何だの、ないんでしょ今年は。星空くらい見たいでしょう。誰にも見られずに輝いてる星は宇宙にたくさんあるでしょう、あれはきっと、ネット上に忘れられた知らない人のつぶやきとか、誰かの想いとかですよ。
 ほんと、何を書いてるんでしょうか。自粛もなくなってチェーン店に仕事しに来たら店が臭いんだよ。デカい声でおっさんがしゃべってるしさあ、麻生太郎的にいうと民度低いんだよなこの店。麻生太郎の口にこの店の民度を丸めて詰め込んで私は星空を見るよ。


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