能町みね子連載「かわりばえのする私」vol.13を先行公開!

かわりばえのする私 vol.13

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 いわゆるハイブランド、何個言えますか? 古今東西ゲームね。エルメス。シャネル。プラダ。ルイ・ヴィトン。えー……。
 やめときます。すいません。
 私そんなに出てこないんですよ。こういうゲームだったらたぶんみなさんに負けますよ、っていう話をしたいんです。
 今まで私は、大半の人が聞いたことあるレベルのハイブランドで買いものをしたことがおそらく一度もない。記憶にある限り、ゼロ。20代のときはもちろんのこと、40超えた今に至るまで、ない。
 ただ、別にそれを誇ってるわけでもないし、今となってはコンプレックスでもない。
 大学生の頃のこと。詳細は忘れたけど、別にファッションに関係ない何らかのアンケートに答えていたとき、その回答用紙に「好きなブランド」という欄があったのです。
 困りました。ファッションに迷い悩み、やっと古着屋に行けるようになった頃の私に、そんなもんあるわけがない。
 取りつくろうような答えすらなかったのでもちろん空欄で出さざるをえなかったんだけど、この「好きなブランド」という選択肢は妙に私に重くのしかかりました。そうか、20歳前後なら好きなブランドの一つや二つあるのが当たり前なのか……と。
 いま考えれば、アンケートにブランドについての質問があること自体、高級ブランドが何より重視されていたバブル期の悪習を引きずっていたように思えてなりません。でも、当時の私はブランド品持っててナンボ、みたいな世界からはすごく遠いところで生きていたわけで、そのことに気づいてショックだったのです。女子高生ブームで「援交」なんて言葉が流行っていた頃でもあったし(もはや歴史上の出来事のようですね)、同年代ではヴィトンのバッグを持っている子くらいはザラにいた、はず。だけど、知ってる人のなかにはいなかったからさあ。
 もちろんこの欄にカジュアルなブランドを書いても、堂々と「古着」と書いてもいいんだろうけど、なんだかあの時は、誰でも知っているような有名ブランドを書かなきゃいけないような気がしていたのだ。
 さて、大学2年生になって後輩ができたとき、上京早々すでに都会じみててオシャレだなあと思う子がいました。同級生だったら聞きづらいけど、後輩なら気軽に聞いてみてもいいかも、と思い、私はその子に先輩ヅラして「服、どこで買ってるの?」って問いかけてしまったんです。そしたらその子、「これは○○の○○○○の○○です。あの~渋谷の○○の○○に行ったときに見かけて、○○○○……」私が知らない単語を大量にぶちまけながら返してきてくれたんですよ。あれは四国出身の子でしたねえ……(遠い目で瀬戸内海方面を見ながら)。後半はもう聞き取れなかったよ、私よりあまりにも単語レベルが優れているもんで、途中からヒアリングの気力をなくしてしまったよ。
 この子が口にしたブランドはおそらく有名ハイブランドではなかったけれど、むしろまるで聞いたことのないブランド名(と、アイテムの種類などのファッション用語)がポンポン出てくることに私はビビっちゃったんですよね。訳知り顔で聞いた手前、まるでついていけないことを知られたくなくて、私は冷や汗をかきながらあいまいにヘエヘエ言いながらやりすごしてしまいました。
 だから、ハイブランドでもビビり、知らないブランドでもいちいちビビっていたんだ、当時の私は。ブランドらしきもの全般がビビり対象。
 でもね、手持ちの服と古着でどうにかしていたあの頃の私、別に全然それで十分なんですよ。さほどお金を持っていないくせにまあまあうまくやってたじゃない。自信を持って!そのままのあなたでいて!って思う。最初からオシャレに対するハードルをぶちあげすぎて、何もかも知らない、分からない、となって自信をなくすのは得策じゃないよ。
 時は流れ、最近は逆にファストファッションばかりがもてはやされ、安さとメジャー度ばかりが重視されています。ああ、あの頃の私もこんな世界なら生きやすかったかもしれない。
 でも、かつて「ブランド」というものに縮み上がっていた私も今や「みんなもうちょっとブランドを気にしたらいいのに」と思ってしまっています(なんたる変化)。だって、冒険心も刷新性もないまま、「無難」を狙ってずーっと同じようなものを着ているのはやっぱりさみしいじゃない。
 いわゆるハイブランドじゃないかもしれないけれど、だんだん自分なりの方法でブランドを気にしながらファッションを楽しむようになれた私は、まあまあうまいこと成長したと思っています。ただ、この「伸び」はまだまだ先の話。私はブランドというものを、かなり特異な経緯で気にするようになっていきます。つづく。

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Illustrator/Takayuki kudo


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