能町みね子連載「かわりばえのする私」vol.10 をla farfa5月号発売日に公開!

かわりばえのする私 vol.10

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 まだ地元の(デパートだと思いこんでいた)スーパーでしか服を買った事のない、髪の分け目を変えるだけで冒険だと思っていた私は、大学進学にあたってついに上京しました。
 しかし、別に東京に行きたいという野心めいたものがあったわけではない。上京した理由はほぼ一つ。地元を離れて一人暮らしがしたい、そして誰の視線にも気兼ねせず服を選び、好きな髪型がしたい、それだけ。
 北関東の東京寄りにある、決して裕福ではない我が実家は、東京都心までドアトゥドアで1時間半くらい。このくらいの距離だと、通勤通学客は当たり前にいる(というか、父がそう)。だから、東京の大学だと実家から通わされる可能性がありました。大学進学の目的は第一に一人暮らしのためなので、大学は北海道とか関西とか、実家から絶対に通えない距離にしようと思っていたくらいでした。
 結局いろいろな事情で東京の大学に行くことになったので、私は受験前から、一人暮らしがしたいということをかなり念入りに親に言っていました。たぶん受からないと思うけど、受かったら(浪人しないことへの)ご褒美として一人暮らしを……とねだる感じの、小癪(こしゃく)な戦法で。集団生活になりそうなので学生寮もNG、アパートでの一人暮らしオンリーね、と。
 その後、めでたく受かったために願いは通じ、仕送りをもらいながらの一人暮らしがスタート。実家からの通いでもどうにかなるところ(片道約2時間ですが)、私は世間知らずの若者だったので、細い親のすねをかじりまくったわけです。お父さんお母さんすみません、ありがとう。
 しかし、当時の私には東京の地理感覚もなかったし、物件探しなんてもちろん初めて。家賃だって極力抑えたい。田舎者丸出しで都心の大手の不動産屋に入るとガンガン郊外の物件を紹介され、優柔不断な若者である私は「そういうものなのかな」と言われるままにしていたら、いつの間にか23区内ですらないところに住むことになっていたのだ。大学は都心部にあるのに。
 忘れもしない、調布市深大寺東町3丁目。
 お手元のグーグルマップ等で調べてみてください。どこの駅からも遠いでしょ?
 ま、一般論で言えばいいところでしたよ。のどかで、閑静で、アパートのすぐ裏にも畑があって、最寄の京王線つつじヶ丘駅から坂をのぼりつづけて徒歩18分で……。
 いやしかしオシャレ迷い道をくぐりぬけて東京までやってきた私としては、やっちまった!と思ったよね。だって、この駅前で服が買えるところといったら当時はスーパーの「ライフ」しかなかったもんね。これじゃ実家と同じじゃん!
 もちろん、実家よりは都心に近い。つつじヶ丘から京王線に乗り、一回乗り換えると30分もかからず渋谷に着く。しかし、渋谷、若者の街、降りたことくらいはあるけれど、大きすぎて把握できず、この街のどこかで服を買うなんて私にとっちゃアマゾンに放り出されて自力で帰れと言われているに等しい。挑戦したい気持ちは山々だが、小心者の私が初めて登る峰としては高すぎる。渋谷(最高峰)とつつじヶ丘(実家風)では両極端である。
 渋谷に到達する前に、下北沢という街があります。大学の親しい友人がシモキタから歩ける場所に住んでいたので、上京後すぐ、私はよくシモキタに通うことになりました。この友人は別にシモキタへの憧れからここに住んだわけでもなく、私と同じくらい東京に明るくなくて、シモキタ近辺に住んだのは単なる偶然でした。
 今ではずいぶん下北沢駅も変わってしまったけれど、井の頭線ホームから出る西口ののんびりした感じは当時も同じでした。友人宅は西口から住宅地に入っていった新代田駅側のほうにあり、そっちには全然ざわざわピカピカした雰囲気がなかったので、私は最初、特に何とも思わず歩いていました。しかし、下北沢が若者の街だなんてことは、少し商店街のほうに足を伸ばせばそりゃすぐに気づきます。
 あ、この街だったらどうにかオシャレへの突破口が開けるんじゃないか?と、ビビリの私にもやっと勇気が生まれてきました。
 街に慣れるには、まずは書店であります。書店に入るのに、服に気を遣う必要はない。その点、下北沢にヴィレッジヴァンガードがあったのはものすごく助かりました。
 今や全国に多数の店舗を構えるヴィレヴァンだけど、当時は関東に店舗がほとんどなかったみたい。私は当時、どこかに本店があるなんて思いもせず、下北沢店をここにしかないオリジナルの店だと思っていました。ヴィレヴァンといえば今でも雑貨と本がみっちり詰まったディスプレイが特徴的だけれど、当時はもっと密でもっと雑多で、エロもグロもなんでもあり。シモキタのヴィレヴァンなら、本を買いに来たという言い訳をしながら雑貨を見ることもできる。いま思えばオシャレへの入り口としてちょうどよかったのだ。

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Illustrator/Takayuki kudo


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