能町みね子連載「かわりばえのする私」vol.9をウェブ先行公開!

かわりばえのする私 vol.9

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 髪の毛をどこで切るか、ということも思春期には非常に重要なポイントとなってまいります。
 幼い頃は母か祖母が切ってくれてました。そして少々大きくなると、私は父の通いつけだった理容室に通うことになりました。
 何度もこういう話になって恐縮ですが、当時は男子だったものでして。
 私は母や祖母がパーマをかけてもらっている近所のチリー美容室(いま思い出してもいい名前ですね。チェリーじゃなくて「チリー」)に行くことはなく、床屋さんに行くことになったわけです。月に1回くらいそこに行っては、知らないおじさんばかりの気まずい空間で自分の番を待つ間、週刊少年ジャンプを読んでいたのでした。ジャンプ、買ったことなかったなあ。
 しかし、さすがに高校生にもなると「オシャレ自我」が遅ればせながら芽生えますし、おじさんたちがひしめくナントカ理容室に行くのにも抵抗が生まれてくるわけですね。なんかもう少し若者っぽいところに行きたくなるわけです。とはいえ、女子ならともかく、田舎の男子が美容室に行くというのはこれまた大変な勇気を必要とします。周りにそういう子がいないですから(オシャレなヤツはだいたい友達じゃない)、お店の選択肢がそもそもなく、どう検討したらいいかも分からない。
 その頃の私の髪は、男子にしては長めだけど女子でいえばショート、さほど工夫もなく真ん中分け、という状態でした。ちょっとは伸ばしてみたい、分け目も変えてみたい、くらいのことは思っていました。
 いや、分け目ぐらい今すぐオノレの指で変えろよ!ほら!と今なら思うのだが、そんなことにもおどおどしていたのである。なにせ、少し茶髪にしているだけでかなりチャラい印象があった時代です。金髪なんてとんでもない、そんなの一人もいませんでした。高校生の髪なんて校則でしばるまでもなくみんな真っ黒だったのです。髪が長い男子はごくわずかにいたけど、ファッションでやっているとは思えないちょっと変な子か、ギャル男的な立ち位置の子か、両極端。
 そしてその当時、えーと、急な話なんですけど、広末涼子がめっちゃ売れ始めました。
「MajiでKoiする5秒前」もまだ発売されていない、ポケベルのCMで爆発的に人気を得た頃でした。
 さすがに田舎の高校生男子で髪をしっかり伸ばすのは目立ちすぎるし(私は高校のクラスではもちろん隅のほうにいたタイプである)、一朝一夕に髪は伸びない。でも、ヒロスエはショートだし、ヒロスエっぽい髪だったら目指せるのでは?
 実家から高校に行く時、最寄駅に行く途中に、Mixというお店(実名です)ができたことはひそかに前から気になっていました。Mixというのは、名前のとおりといいますか、床屋と美容室をミックスしたような、男子も女子もおまかせあれという感じのお店だったのです。これは私にとっては画期的なことでした。田舎で髪を切る場所といえば、おじさんの整髪料の匂いが漂う床屋さん(店名はだいたい○○理容室)か、「パーマ」という看板の掲げられた、おばさんがお釜をかぶってくるくるのパーマを当てる美容室(店名は○○美容室か、ビューティーサロン○○みたいな感じ)か、もう、どっちかしかなかったのです!いま思い出しながらこう書いていてびっくりしましたよ!若者が行く店、本当になかったよ!
 私は、Mixだったら行けるのでは?行ってもいいのでは(自分の自意識的に許せるという意味で)、と思ったのだ。
 ということで、ある日、中分けの平凡なヒョロ男子はMixに予約もなく入ったのです。店主が「どうしますか」と聞くと、その少年はなにやら切り抜きを見せてきて、こんな感じにしてください、と言うわけです。どこのジャニーズを見せてくるのかと思ったら、少年が握りしめているのは、なんと今をときめく広末涼子の切り抜きである。
 ライトオンに入ることなんかよりもよほど冒険心のあるふるまいに思えるけれど、思春期特有の羞恥心をバグらせていたので、もう何が恥ずかしいのかよく分からなくなっているのである。
 かなり思い切ってそんな切り抜きを見せて、北関東の田舎町に小さな失笑が起こるーーかと思いきや、私は別に失笑されることもなく、サイドはどうするとか分け目はどうするとか聞かれて、意外と違和感のないショートになりました。女の子らしくしてくださいと言ったわけではないので、男子として不自然なわけでもない。しかし、6:4くらいで分けられた髪の、6のほうが以前に比べてずいぶん長く感じるので、思ったよりフェミニンな感じです。え、いいじゃん。早くこういうことすればよかったじゃん。ふふ。
 こうして私は自分でお店を選ぶ充実感を、街を出る前にギリギリ味わうことができたのでした。実家を出て以降行ったことはないんですけど、いま調べたらまだお店はあるみたい。Mixの人、ありがとう。

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Illustrator/Takayuki kudo


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